Posts

食べ物を残ってさせない私

Image
「絵のソース :(hellosehat.com)」 いつも食べる時、何の食べるかどれくらい食べるか考えたか。私は考えていた。特に、ご飯を食べるときどれくらい食べるを決める。食べ物をとるや買う時、責任の気持ちがあったから、どれくらい食べるか注意する。それと、せっかく買ったので、残されると残念だと思う。だから、全部食べる。 一方、食べ物を買って、食べて、残っている人がたくさんあった。少し残る人やただ1~2スプーンを食べるしか人などは食べ物に悲しいと思わないか。美味しくないから食べないと考えるか。それとも、もうお腹がいっぱいからやめて行くか、その考え方をも一度考えてみよう。 他の人を考えながら食べたことがある?食べ物を残りたいなら、お金がないから食べられない人や三日間も何も食べられない人などを考えたほうがいい。だから、感謝の気持ちを持っているのは必要だ。その気持ちを持って、食べ物に責任の気持ちも表す。全部食べられない食べ物と嫌いな食べ物を買わないで、十分で買おう。 慣れていない人にとっては非常に食べ物を残さないことは難しいと思う。でも、少しずつにすると、きっと慣れている。私も最初からこの性格を持っていない。小学校から中学校までよく食べ物を残った。あの時、私の嫌いな食べ物が入ったからそれを食べないで残ってしまった。そして、母に怒られてしまった。そのあとはまだ全部食べなかったが、母にまた怒られないように残った食べ物は後で家で食べ続くことにした。高校生になってもそれを続いてから今習慣になった。 また、もし食べ物を食べることができると思ったがお腹もういっぱいで,でもまだたくさん残ったらどうすればいいのか。私だったら二つ方法がある。友達に挙げるまたわその食べ物を包んで後で食べる。友達がもらいたくなくて包むもできないなら私は残った食べ物を食べてしかいないので、5分以上に待ってまた食べる。もういっぱいでも最後まで食べることにする。なぜなら、残った食べ物を見るとかわいそうと悲しいの気持ちを感じているからだ。私のか友達のか他の人の食べ物か残しておくことはできない。だから、友達と食べると私は時々友達の残った野菜や肉やご飯などを求めて食べる。 じゃ、まとめにもっと食べ物を大事にしてほしいんだからこれから残したいとき食べられない人を考えて、食...

忘れっぽい私が

Image
私を知っている人はたぶんこの話の事が聞いたことがない。友達や先生の話を聞いてるが突然忘れてしまうことがある。私はいつもそのようだ。普通の事だけではなく大事な事も時々忘れる。それはどうしてだろうか。「自分がその話を聞きたくない」、「その話はつまらない」とその考えているわけではない。私は忘れっぽい人だから友達と先生の話のことが大事だとそのことを考えない。ただ、人の顔が覚えやすいけど名前は忘れやすい、ヴィジュアル人だからかもしれない。どうしてこのような忘れやすいになるだろうか私もまだ分からない。特に、人の話と本の内容だ。もし昨日読んだ本を教えさせたら、私は全力で覚えているが、小さい部分しか覚えなかった。だから、私は話す時は引用するのが苦手だ。 そして、とても大事な話、覚えないと大変な事になって、忘れたらどうするか。私はそれを考えていて、簡単な方法が見つけた。それは小さい事ならノートやメモに書き、たくさん話ゼミナールならスマートフォンでレコードをする、誰かと約束をする時もスマートフォンで警報を作る。簡単な方法だが、いつもするのが簡単ではない。時には、レコードとかメモを書くのが忘れる事がある。本当に大変だ。 また、昨日の事も全部忘れる事がある。何をしたか誰に合うか一つでも覚えない。ある日、授業をこない友達が私に「昨日、授業は何のことですか」と聞いて、その時、「え?昨日は何のことだろう」と言った。何も覚えないので他の友達に聞いていた。変だと思わない?私は変だと思う。だから、私は今日記を毎日書くことにする。普通の日や特別の日も覚えるため全部書くことにする。だから、今このポストを読んでいる人に頼むことがある。もし私に聞きたいことがあったら、満足な答えがもらわないと、私に怒らないでほしい。私はもう全力で覚えている、ただ頭の中に答えが見つからないだけだ。それと、もし私は何かをまた覚えない時ぜひ教えてね。

どうしてインドネシア教育大学で?

Image
インドネシア教育大学は知っているか。その大学はバンドンで一つの有名な大学だ。そこで、私は日本語教育学科2016年から勉強している。初めはこの大学があることが分からないが、先生の大学だったと聞いて、私は気になって、そして試験でこの大学を選んだ。どのような大学か、どこにあるか全く知らないが、とにかくこの大学を選んだ。インターネットでもあまり調べない。この大学に初めて来たときは試験が合格だからだ。私は一度もバンドンで勉強することは考えられない。前は確かに私が好きな人がバンドンの高校で勉強したが、私はただ「バンドンがいいところだな、もし同じ町で勉強したらいいような」と考えたが、今はバンドンで勉強していることは現実になったが、私の好きな人は今東ジャワの大学で勉強している。悲しことになったけど、それは仕方がないことでしょう。でも、バンドンで勉強したいことは先生とその人のおかげだけじゃない。他の理由もある。 両親の言った事も一つの理由になった。考えば考えるほどその言ったことが関係があるかもしれない。母は「こどもがバンドンに行ったら、いいような」と言った事がある。バンドンで勉強か働くかいる子供がほしがっていたという意味だ。姉と兄がボゴルとジャカルタの大学で勉強したので、あの時私しかまだ高校から卒業したところで、その願いの答えは私にくれたかもしれない。 でも、どうしてインドネシア教育大学か私も本当にわからい。実は家から近くある教育大学もあるが、どうして遠くの大学を選ぶか運命も関係があると思う。運命は誰にも知らないものだ。私がここにいることもきっと理由がある。何の理由かまだ知らないけどたくさんこの大学で勉強していて、友達をできて、輩たちと先生がたに会った事は感謝していることだ。幸せな人生は毎日感謝していることだ。